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企業・組織に属し、その組織のために毎日仕事をする。そんな、延々と続いた時代がついに終わろうとしている。近い将来、来るべき世界は誰にとって生きやすいものになるのだろうか。早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏に、日本企業が直面している現状や傾向について聞いた。意識改革が要となるのは次世代を担う若者なのか、それとも───?
――世の中に普遍的な“理想の組織”というものはあるのでしょうか。
入山:時代背景や働く人がどうありたいかによって理想は変わってくるので、絶対的な理想像は存在しません。ただ、世間の流れや傾向というものはあります。次世代型組織のモデルとして、2018年はフレデリック・ラルー氏が提唱する「ティール組織」が話題になりましたが、その考え方は経営学にも通じます。ティール組織の理論を、経営学にあてはめてみましょうか。
──お願いいたします。
入山:2005年にスタンフォード大学のキャスリーン・アイゼンハート教授らは、それまでの組織研究を総括した論文を発表し、組織の原動力を「パワー」「効率」「認知」「ネットワーク」の4つに大別しました。この4つは、ラルー氏の言う組織の歴史的な変換、「レッド」「オレンジ」「グリーン」「ティール」という流れにあてはめることができます。ちなみにティールとは、青緑のような色のこと。信頼で結びついている生命体のような状態を意味します。
まず「パワー」ですが、これは力関係に圧倒的な重要性が置かれた組織を示し、中世の封建制度が好例です。ラルー氏の「レッド(衝動型)組織」に近い形です。次に「効率」ですが、これは18世紀後半に資本主義が確立され、株式市場の発展とともに根付いた価値観で、「オレンジ(達成型)組織」に相当します。効率性という側面が人の意思決定に重要な影響を与えるもので、現在、日本を含めた世界の多くの組織はこの形態です。
――資本主義確立から、ずっとオレンジのままなのですね。
入山:そうです。しかし、近年は急激に変化のスピードが速まり、予測のできない社会となってきました。そうした環境の中では、新しいものを生み出すイノベーションの力が必要になります。ここで登場するのが「認知」という、心理的な側面に着目した新たな視点です。認知の組織は、リーダーのビジョンに共感するフォロワーで構成されるため、中心となる人物のビジョンが非常に大切になります。認知を重視するネットワークは、ラルー氏の言う「グリーン(多元型)組織」に一致しますが、日本でも徐々にこの形態の組織が現れ始めています。
――カリスマ経営者を中心とした組織は、特にベンチャー系で散見されます。では、未来形態とされる「ティール(進化型)組織」とは?
入山:「認知」より「ネットワーク」に重きを置いた組織になります。認知は一人のリーダーだけを中心としていますが、ネットワークは組織を構成する一人ひとりが、また別の組織にもつながっています。つまり一人の人間が、共通の問題意識で緩くつながった複数のグループに属しているわけで、そこに唯一の中心はありません。パラレルキャリアや複業、転職がこの傾向を促進していますが、人材の流動性が高く、組織を隔てる境界線はあやふやになっていきます。“理想の組織”というものは存在しませんが、将来やって来ると思われるのがティール組織の時代なのです。
――ティール組織は、すでに存在しているのでしょうか?
入山:近いものはありますが、「これぞティール組織」という例は、今のところないと私は考えています。
――ティール組織を阻む要因とは何でしょうか?
入山:ひとつは人々の意識です。日本の場合、終身雇用神話をはじめとする既存の価値観が変わらない限り、企業がオレンジ型から脱却するのは難しいでしょうね。
もうひとつは技術的な問題です。現時点では、本当の意味で「中心がない状態で人々がつながる」ためのテクノロジーがありません。中央集権的な管理機関を持たず、ユーザー同士で管理する「ブロックチェーン」が最も可能性の高い技術ですが、スマートコントラクト(契約締結の自動化)に応用できるなど、今よりさらに深く社会に実装されるのを待つ必要があるでしょう。ティール組織の実現には10年、あるいは50年くらいかかるかもしれません。
――ティール組織が実現したらどうなりますか?
入山:人々は、プロジェクトベースで仕事をするようになります。案件が発生するごとに関係者が集まって仕事をし、達成したらそのグループは解散するのです。
――それは、企業として成立するのでしょうか。
入山:究極的には、既存の組織はなくなるかもしれません。
そもそも、企業が数多くのプロジェクトの終了後も変わらず存続するのは、株式という資金調達のしくみが企業の継続を前提としているからです。株主のために、企業はひとつのプロジェクトを終えても別のプロジェクトを見つけて成長し続けなければなりません。すでにクラウドファンディングなど選択肢は増えていますが、ティール型の社会は資金調達の方法も異なり、半永久的な存続という制約から自由になります。株式資本主義が崩壊する可能性は、大いにありますね。
――やがて来る可能性の高いティール型社会に向けて、一人ひとりが今しておくべきことは何ですか?
入山:ティール型は、緩やかなつながりの中で自分の好きなことをしていく世界です。そうなったときに行動を決定するのが、何のためにそれをするのかという「腹落ち」です。終身雇用の時代は、いい大学を出ていい会社に入ればそれで完了でしたが、これからは違うマインドセットが必要です。しかし、そのようなことは、今の感度の高い20代の若者はわかっているはずです。
――小学生がなりたい職業トップ10に入っているYouTuberも、好きなことをしてちゃんと稼いでいるという印象ですね。
入山:これからは楽しい仕事がお金になります。苦労する仕事はAIがやってくれる、実にありがたいですね。今、腹落ちするビジョンを持たない企業は、たとえ一流といわれてきた大企業であっても、どんどん優秀な若手が流出しています。
また、東大や京大の学生に人気の就職先は、外資系コンサルなのですが、その理由は、後々つぶしがきいて、人脈が作れそうだから。完全に腰かけの意識です。そういう、企業に属する気持ちが薄い学生が増えているのです。
――「好きなこと、やりたいことは特にない」という学生もいると思いますが、好きなことはどうやって見つけたらいいのでしょうか。
入山:その場合はとりあえず、スキルが身に付けられそうな場所に身を置いて、必死にがんばってみるのはどうでしょうか。しかし、若者よりも問題なのは、大企業の40、50代なのです。40代も前半までなら、カリスマベンチャー経営者がバンバン出てきた世代で、柔軟性がありますが、40代後半以降の人は、組織や働き方が変わっていくことに対して戸惑いのほうが大きいでしょう。その世代をどう扱うか、企業にとっての問題はそこなのです。
――確かにそうですね。
入山:50代はぎりぎり定年まで現状のままで逃げ切れるかもしれませんが、40代後半は早急に意識を変える必要に迫られていると思います。
――40、50代は、年齢によって活躍の場が狭まるのでしょうか?
入山:もちろん、何歳であっても活躍する人材はいます。それは「H型」と呼ばれる人たちです。日本企業には、ひとつの分野に特化した知識・技能を持つ「I型」の人が多いのですが、そうした専門分野を2つ以上持つH型の人材が求められています。というのも、企業が必要とするイノベーションは、無から突然生まれるわけではありません。すでに存在している知と知の「組み合わせ」で誕生するのです。
例えば、吸収力の高い紙おむつを製造するには、紙に微細な穴を開けて加工・切断しますが、その技術のひとつは航空宇宙産業で使われていたものです。まったく違う業界の知と知の組み合わせが吸収力の高い紙おむつという成果になったわけですね。このように、イノベーションには知識の幅の広さが必要であり、だからこそ組織がしきりとダイバーシティをうたうのです。
――H型というのは、分野が離れているほどいいのですか?
入山:うーん、よくある質問ですが、それを考えている時点でダメです(笑)。というのも、H型の根本にあるのは「できるかどうか」ではなく、「やりたいかどうか」だからです。好きでしている趣味やボランティアなどを通じて、思わぬことが仕事になるものなのです。複業を認めたり、時短でプライベートの時間が増えたりする働き方改革は、人々がそういう新しい柱を探すためのものでもあります。
――柱が何本あっても、根底に流れるのは「自分はこれがしたい、好きだ」という思いですね。
入山:そうですね。最終的に重要なことは腹落ちです。納得できれば、たいへんであっても前に進んで知見を広げることができる。だから今、経営者に求められるのは、社員に腹落ちさせるだけのビジョンを語れるストーリーテラーの資質なのです。そして社員もまた、「自分は何のために働くのか」、一人ひとりがビジョンを持たなければなりません。人材の流動でビジョンとビジョンがマッチングすれば、あちらこちらでイノベーションが生まれることになるでしょう。