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「100人いれば100通りの働き方があって良い」――。その考えを形にしてきたサイボウズ株式会社。そんなサイボウズが運営するオウンドメディア「サイボウズ式」について、以前からその着眼点や社会への影響力に注目し、サイボウズ社長・青野慶久氏ともテレビ番組にて共演し、数多くの企業の採用マーケットを知り尽くすマイナビ リサーチ&マーケティング部の栗田卓也が、「サイボウズ式」の藤村能光編集長に聞いた。
栗田:以前、サイボウズの青野慶久社長とお仕事をごいっしょした際、学生に対するコメントや採用の視点が他社と全然違っていて、「サイボウズっておもしろい会社だな」と思っていました。その会社が、オウンドメディア「サイボウズ式」を始めた。始まったのはいつでしたか?
藤村:2012年の5月ですね。きっかけは、サイボウズのマーケティング課題でした。「製品プロモーションをしてグループウェアの価値をユーザーに届ける」という従来の形では、新しい市場が広がらず、5年ほど業績が伸び悩んでいました。そこで、まずはサイボウズという企業を世間に知ってもらおうと、オウンドメディアを始めたのです。
栗田:サイボウズ式では、“働き方改革”といった読者の関心が高い話題が特徴的ですが、テーマはどのように決めているのですか?
藤村:サイボウズという会社のビジョンが「世界中のチームワークを良くすること」なので、当初のコンセプトである「新しい価値を生み出すチームのための、コラボレーションとITの情報サイト」からテーマを決めています。オープンから1年間は月間PVが30,000くらいの低空飛行でしたが、働き方の多様化が進む今の時代を男性目線で書いた記事(少子化が止まらない理由は「オッサン」にある?)がブレイクして、1週間で10万PVを獲得しました。以来、チームワークやITといった身近なテーマに限ることはやめ、より広く社会の関心事を取り上げ、それを自社の思いとつなげていくような進化した記事づくりを意識しています。
栗田:人気のコンテンツを継続して発信していくポイントはどこにあるのでしょう?
藤村:企画段階で切り口をしっかり作ります。編集会議を繰り返してブラッシュアップし、1つの企画に1カ月かけるということもざらにあります。正直なところPVにはこだわっていませんし、数を出すことよりも手をかけてしっかりしたものを発信したい。記録よりも記憶に残したいのです。
栗田:その姿勢が人気の理由かもしれませんね。また、「アリキリ」のアニメーション(※1)は大きな話題になりましたね。
藤村:実は、あれが世に出るまでには1年半くらいかかっています。はじめは創立20周年企画に紐付けて社内の様子を20時間放送しようとか、社長の青野に登場してもらおうとか、紆余曲折を繰り返し、最後に働き方改革が進まないことへの問題提起をしたくてたどり着いたのがあの作品です。おもしろおかしさの追求ではなく、社会と会社をつなぐ架け橋としての文脈があればあるほど視聴者にメッセージが届くと考えます。
※1 「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。」というメッセージとともに、アリとキリギリスやさまざまな虫たちが、残業、女性活躍、イクメン、副業などについて語るアニメーション
栗田:「アリキリ」で、サイボウズと働き方改革がセットで世間に強く印象付けられたのではないですか?
藤村:そうですね。しかし、そうしたメッセージは、誰が出しているかが重要だと思います。サイボウズは、働き方に関してずっと試行錯誤をしてきました。35歳以下は、退職しても最長6年間は復帰が可能ですし、複業(※2)や在宅勤務が自由なのはその成果の表れです。チームの働き方をどう良くしていくか、ずっとやってきた会社だからこそ、メッセージに共感してもらえたのではないでしょうか。
栗田:世間の働き方改革についてはどうお考えですか。
藤村:言葉だけは浸透しているようですが、サイボウズ式で青野が対談した衆議院議員の小泉進次郎氏は、「全国的にはまだまだ」と話されていました。確かに、都心部の大企業と地方の中小企業のあいだには大きな開きがあります。変化に対応していかないと競争力・採用力ともに後れをとる時代であることを、メディアとして訴求したいと思っています。
栗田:業種でいうとIT系が進んでいて、小売・サービスは少し出遅れているイメージですが、業種・業界問わず先進的な会社はあると思います。取材をされていて、そういう会社に共通している点はありますか?
藤村:共通点としては、自分事として取り組んでいるところでしょうか。働き方改革は国が号令をかけ、経団連が後押しし、会社のトップが音頭をとるという流れが主流ですが、その先の現場と温度差があるとうまくいきません。温度差があってもあきらめずに取り組んでいる会社は、業種・業界問わず改革が進んでいます。
栗田:トップダウンとボトムアップ、どちらのほうがうまくいくのでしょうね。
藤村:青野は「最終的には経営者が変わらないとダメだ」と言っており、私も同感です。そうでないと改革がどこかで必ず壁にぶつかり、疲弊してしまうでしょう。経営トップから始まった改革が浸透して、ボトムからどんどん変化を積み上げていくのが成功の条件ではないでしょうか。
栗田:両輪ではありますが、基本的にはトップが牽引していくほうがいいのですね。サイボウズでは、青野社長の理念をどう社内に浸透させているのでしょうか?
藤村:多様性を重視すれば、答えがひとつとは限りません。今では、建設的な議論により問題解決をする社内文化が醸成されています。自立した個々が意見を述べ、チームで解決する環境が、社員全員に当事者意識を持たせています。
栗田:日々の問題解決を通して、サイボウズ社員の皆さんは「チームで働く力」の核である、発信力と傾聴力の両方を身に付けられるわけですね。
※2 「複業」とは本業のかたわら、サブ的に別の仕事をする「副業」とは違い、本業としての仕事を複数持つことを意味する
栗田:「アリキリ」のメッセージである「働き方改革、楽しくないのはなぜだろう。」ですが、「楽しさ」は大事ですよね。
藤村:大事です。働き方改革を推進すること自体が楽しくないといけません。取材をしていて思うのは、働き方改革というのは「生き方改革」と同義だということです。勤務時間を短くして、空いた時間で何をするのか。一人ひとり異なるその部分に働き方がリンクしてこなければ、本当の改革とはいえないと思います。
栗田:「ライフキャリア・レインボー」(※3)ですね。
藤村:そうです。人生の中で、仕事100%というステージがあってもいい。でも、別のステージでは仕事量を減らして学び直しの時間を作る。そういう、グラデーションを会社が許容できるといいと思います。
栗田:複業とか在宅勤務とか。まさに100人100通りの働き方ですね。
藤村:はい。サイボウズのやっていることが、すべての会社の答えではありません。しかし、人間らしくいられることは間違いありません。特に、自由に複業ができるシステムは、会社との共依存の関係から脱却して自立する機会となります。
栗田:確かに、100人100通りの働き方は、社員の自立を担保しないと立ちゆかないですよね。
藤村:自立した者同士が、同じ理念に向かっていっしょに進むのがサイボウズの在り方です。そういう意味では、いかに稼げるビジネスがあろうと、チームワークに貢献するものでなければ企画が通らないということもあります。
栗田:なるほど。サイボウズ式の影響力を感じることはありますか?
藤村:世の中を大きく変えるまでの力はなくても、メッセージが伝わっていろいろな動きにつながっていくのを見ると、何かの引き金にはなっているかもしれないと思います。オウンドメディアの可能性を感じていますので、これからも企画に時間をかけた記事を真摯に発信していきます。
栗田:楽しみにしています。最後に、サイボウズ式の編集長として、今後の展望を伺えますか。
藤村:この6年間で、サイボウズという企業の認知度は向上できたと感じています。今は、生活者とサイボウズを、より深くて狭い関係でもつなげていくことを考えているのです。それは、コミュニティということなのですが、オンでもオフでもサイボウズ式の読者が集まって、互いに知る機会を定期的に設けています。読者の方々とリアルでお会いするのって、めちゃくちゃ楽しいですよ。
栗田:リアルな声が聞ける環境って大事ですよね。本日はありがとうございました。
※3 職業だけを表す「キャリア」に対し、「ライフキャリア」は家族や社会的活動における多様な役割を含む、生き方そのものを指す。さまざまな役割の重なり合いをライフキャリア・レインボーと呼ぶ