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2016年、14歳2ヵ月という最年少プロ棋士が誕生した。最年少プロ棋士記録が更新されたのは62年ぶりのことだ。それは、怒涛のような記録更新、日本中の注目を集める大躍進の序章にすぎなかった。
「天才」と称賛される藤井聡太七段は、一方で高校に通う16歳でもある。人生の転機や学校生活について聞いてみた。
――まだ16歳でいらっしゃいますが、人生の転機を問われたらいつだと思われますか。
藤井:やはり、最初の転機は5歳のとき、祖母に将棋を教わったときです。初めて夢中になれるものと出会いました。子供でしたから当然ですが、それまでは何をしても大人にはかないませんでした。それが、将棋ではすぐに勝てるようになり、どんどん強くなるのが楽しかったです。
もうひとつの転機は、プロ棋士になったときですね。それ以前との違いは、“将棋の内容”がより大きく注目されるようになったことです。奨励会は、結果しか残らない世界です。一方、プロになって、たくさんの方に自分の将棋を見てもらう環境になりました。プロになった以上、よい将棋をお見せすることが義務だと考えています。
――プロになる前の奨励会に入ったときのことをお伺いします。それまでと何が変わりましたか。同世代のライバルはいたのでしょうか。
藤井:同世代の方は多くありませんでした。奨励会の入会後は、それまでよりも勝ち負けが大きな意味を持つようになりました。入会直後は勝てないことが続き、壁を感じたこともあります。そういうときは、負けから学ぶということももちろんですが、あまり引きずらないようにしていました。負けたときは気持ちを切り替えることが大切です。それが、うまくできるようになったのはプロ入りしてからですね。奨励会のときは、なかなか切り替えられない経験もしました。
――プロ棋士の世界に入ったのが14歳。たいへん早い年齢での決断ですが、ご両親から影響を受けたことはありますか。
藤井:10歳で奨励会に入会したときから、プロを目指すという意識はありましたが、それほど強く思っていたわけではありませんでした。強くなっていった結果として、自然な流れでプロ棋士を目指したという気がします。両親は、将棋に関しては詳しくないのですが、いつも背中を押してくれ、支えてくれました。両親や師匠に環境を整えてもらったおかげで、ここまで来られたのだと思います。
――師匠の杉本昌隆八段からは、将棋のスキルアップやメンタル面に関して、どのような指導を受けられたのでしょう。
藤井:そうですね、将棋の世界の師弟関係はいろいろな形があるのですが、師匠には温かく面倒を見ていただきました。入門してから怒られたという記憶がありません。同門の中では最年少で、皆2歳以上年上でした。一門の研究会では、師匠が意見を言いやすい環境を作ってくれて、のびのびと過ごしました。
――年上の人たちばかりの中で対等に意見を言うことに、気後れしなかったですか。
藤井:将棋というのは年齢関係なく楽しめるゲームですし、意見を言いにくいということはありません。師匠が雰囲気を作ってくださったのが大きかったですね。
――まだ小学生とあって、何か生活面でたしなめられたことなどはないのですか。
藤井:アドバイスはありましたが、きつく叱られたことはないです。
――きっと良い子だったのですね。
藤井:それは、どうでしょうか(笑)。
――棋士という職業を選んでいなかったら、どういった人生になっていたと思われますか。
藤井:幼いころから、いろいろとなりたい職業はありました。特に電車が好きだったので、運転士を目指していたかもしれません。電車は今も好きです。
――棋士でありながら学生生活も両立されています。今、学業と将棋のバランスは、どのようにとっているのでしょう。
藤井:高校1年生ですが、学校があることで将棋にかける時間が限られるという側面はあります。でも、将棋だけの生活では、行き詰まってしまう気がしますから、うまく時間管理をすれば相互にいい影響があると感じています。学校の勉強は授業中に集中して済ましていますが、本当は試験前などにもう少し時間を割いたほうがいいのかも…ちょっと足りないかもしれません(笑)。
――同級生の中で一人だけの社会人、何か将来について相談されることはあるのでしょうか。
藤井:確かに自分は学生であり棋士であるという特殊な立場ですが、同級生と将来の話をすることはないですね(笑)。ただ、自分のようにひとつのことに打ち込むのもいいけれど、いろいろなことに関心を持つのも大事だと考えます。人それぞれではないでしょうか。
――言葉が豊かであると感じますが、幼少期にはどのような本を読んでいたのでしょうか。将棋関連以外のものを教えていただければ。また、最近おもしろかった本は何でしょう。
藤井:最近はゆっくり本を読めていなくて。昔は家にある本を手に取って読んでいました。小学4年生のときの文集にも書いていましたが、中でも好きだったのは、沢木耕太郎さんの「深夜特急」です。
――まだ新人棋士でいらした2017年、インターネットテレビ局で配信された非公式戦では、羽生善治九段などそうそうたるメンバー7人の棋士と対戦され、大きな話題となりました。全敗してもおかしくないといわれていた中、藤井さんは6勝1敗という驚異的な結果を残されましたが、こうした企画を受けることに迷いはなかったのですか?
藤井:迷いはありませんでした。プロになりたての立場で、トップ棋士と対戦する機会をいただけるなんて本当にありがたいことだと思っていましたので。最近はメディアの幅が広がっていますが、対局が動画中継される機会が増えたことで、より多くの方に視聴いただけるようになりました。これもまた、ありがたいことだと思っています。最近、将棋に興味を持ったという人に、将棋の魅力をこれまで以上にわかりやすく伝えていきたいです。
――プロ棋士公式戦初対局の相手であった加藤一二三九段(当時)との年齢差は62歳。人生経験が桁違いの相手と対等に戦う難しさはないのでしょうか。
藤井:プレーヤーとしての寿命が長いのが、将棋界の特色です。将棋のすばらしいところですし、相手の方と年が離れているからといって難しさを感じることはないですね。
――こういう大人になりたいと、目指す方はいらっしゃいますか。
藤井:具体的に「この方」と挙げるのは難しいですが、羽生先生をはじめとするすばらしい先輩方が近くにいる恵まれた環境です。技術もそうですが、それ以外の人間性の面でも、少しでも学んでいけたらと思っています。
――まだ将来のことを決めかねている、同年代や学生の皆さんへメッセージをお願いいたします。
藤井:僕も、将棋を始めたころからプロ棋士になると決めていたわけではありません。好奇心や探求心のままに進んでいたら、いつの間にかプロになっていたのです。普段から、興味を持っていることを少し掘り下げて追求する気持ちを持って生活していくといいのかなと思います。