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ワーママのキャリア形成には2つの視点がカギを握る

育休プチMBA・ワークシフト研究所 国保祥子

働く女性は育児休業に入ると仕事への情熱をなくしてしまう――そう考える企業は少なくない。はたして、本当にそうなのだろうか?
子連れで参加できる「育休プチMBA」を創業した国保祥子氏に、ワーキングマザー(以下、ワーママ)の実態を聞いた。思考の転換は、企業だけでなく、彼女たち自身にも必要だった。

仕事はしたいが不安も大きい、世代ごとにも違う実態

――多彩なご経歴ですが、研究者の道を選ばれる前は企業にお勤めだったのですね。

国保:大学卒業後に外資系IT企業に入社し、組織変革のコンサルティングをしていました。そのとき、どれほど美しい戦略を立案しても、人の意識が変わらない限り変革は難しいと感じて、慶應義塾大学大学院のMBAコースに進学し、人と組織を専門に学びました。当初は、いずれビジネスに戻るつもりでしたが、学ぶうちに研究がおもしろくなり、実践的なコンサルタントから研究者へと人生の舵を切りました。

博士課程に在籍中の2007年頃から、個人的に企業の人材育成研修を行うようになりました。対象となるのは企業の若手リーダー、管理職、経営者といった方々でした。

――働くお母さん、「ワーママ」の人材育成に取り組もうと思われたきっかけは?

国保:きっかけは自分の育休です。企業の研修をする中で、人事部や管理職、経営者の方から女性の育成は難しいという話を頻繁に聞きました。「管理職を打診しても断る」「マネジメント研修にも興味を示さない」といった声が多く、中でも育休明けで復帰した女性たちは「残業をしたくない」など、権利の主張ばかりするといった具合で、「仕事に対するやる気がない」とみなされていたのですね。

でも、自分の育休中にワーママの友人の話を聞いたら、実はそんなことはない。皆さん、やる気はあるのです。管理職も、嫌というより、不安や自信がないことが大きい。権利を主張するのは、それしか伝え方を知らなかったから。つまり、コミュニケーションのすれ違いが原因であり、職場と彼女たちの視点をそろえることが問題解決につながるのではと思いました。それは、私の研究にも共通するテーマだったのです。

――ワーママには、世代ごとに違いがあるのでしょうか。

国保:そうですね、何を当たり前とするかという前提が違っています。まず、40代後半以上のワーママは、仕事が好きで、続ける覚悟を決めている。実家が近くて育児を負担してもらえるなど、環境に恵まれているか、そうでなくても親を呼び寄せる、シッターを頼むなどの行動力がある人だけが働き続けています。

一方、20代から30代前半の世代は、6割程度が出産しても仕事を続けたいと考えています。夫に一生面倒を見てもらうのは現実的ではないと考えているのだと思いますが、親世代のほとんどが専業主婦なので手本がおらず、実際にできるかどうかを不安に感じています。

30代後半から40代前半は、育児休業制度を当たり前に利用できるようになった世代です。ただし、育休明けに復職したサンプルはまだ少なく、上の世代で復帰している女性たちほどがむしゃらにはなれない、さあどうしようと思い惑う、「揺らぎの世代」といえるでしょう。

――揺らぎの世代は、次の世代のモデルになりますから重要ですね。職場に復帰する際に、何がハードルになるのでしょう。

国保:40代後半以降の世代のワーママは、迷いなく実家やシッターといった外部のリソースを最大限に活用します。しかし、揺らぎの世代の多くは「子供は自分で育てたい、家事も自分でちゃんとしたい」という気持ちを捨てきれず、なおかつ夫はあてにできないと思っています。親世代の性別役割分担を見て育っているからでしょうね。
仕事を続けたいが育児も自分でしたい、どちらも母親の自分ががんばらなくてはいけないと考えるために悩んでいるのです。これがもっと下の世代になると男だから女だからという意識が薄いので、夫といっしょに仕事も育児もすることが前提になっています。そのような理由で、揺らぎ世代のハードルが最も高くなっています。

――受け入れる職場側のハードルはどうでしょう。

国保:かつては復帰したワーママを責任の少ない部署に異動させたり、あからさまに「残業できない人は困る」と拒否したりという風潮がありましたが、2017年頃から変化を感じるようになりました。背景にはワーママが増えたこと、世の中がハラスメントに対して敏感になったことがあります。この1年は特に、ワーママにどう効率良く働いてもらうか、取組みには濃淡があるものの、真摯に模索する企業が目につくようになりました。

上司の視点を理解し、それに基づいて行動できるようになる

――そうした流れの中で2014年、「育休プチMBA」を立ち上げられました。この背景は?

国保:育休中、子連れで通えるバランスボール教室でできた友人が、「本当は育休中にビジネスを勉強したかった」と言ったのです。聞けば彼女は2回目の育休で、仕事は法人営業。実は1回目の育休後、休む前よりも成績を上げたのだそうです。残業をしなくても結果を出せるなら、ビジネスをきちんと学んだらもっと成果が出しやすくなるのではないかと考えていたのですね。
残業しなくても成果が出せて、評価もしてもらえる職場環境なら皆、もっとがんばれるのです。それで、「私が持っている管理職向けの研修コンテンツを使って勉強会をしようか」ということになりました。

――最初は何人くらいでしたか?

国保:マンションの1室で、2人で始めましたが、最初の参加者は4人程度でした。私の教材はMBAがベースなので経営者目線の内容なのですが、経営者だとちょっと遠いので上司目線を学ぶ内容に変更し、登場人物を参加者が感情移入しやすいワーママにするなど、微調整をしました。
同時にワーママがなぜ職場復帰に苦労するのか。仕事と育児、両立の難しさはどこにあるのかを研究しました。問題点は2つあると考えています。

まず、ワーママの視点です。男性は自身の昇進が念頭にあるので、上司が普段、何を見ているのかを比較的意識していますが、女性管理職が1割の我が国では、女性にとって昇進は必ずしも自分ごとではない人が多く、そういう上司の視点に立つことがない。だから常に自分目線になり、「私」を主語にした権利主張型の伝え方になってしまう。「私は定時に帰りたいのです」と言う代わりに、「業務が滞らないように仕事は処理したので定時で帰ります」と言えば、上司に与える印象は全然違うのに、そこに気付かないのです。

次に、企業の管理能力の問題です。長時間労働をやる気のバロメーターにする企業では、時間に制約がある人を管理するノウハウが蓄積されないのです。これは今後、残業を当たりまえと思わない外国人や介護で時短勤務をせざるをえない社員が増えるにつれ、さらに深刻化していくでしょう。ワーママが働きにくいという社会問題が炙り出しているのは、日本の職場における管理能力の低さそのものです。限られた時間や人材で業務を遂行するための管理スキルを身に付ける機会がないまま、働き方改革を突きつけられている状態では今後の事業成長が危ういので、管理職の教育と育成が急がれますね。

――ワーママの視点のお話が出ましたが、「育休プチMBA」の成果はいかがですか。

国保:よく聞かれるのが、「自分が使いにくい人材だったことがわかった」「過去を振り返って、あの行動はいけなかった」「もっとこう伝えれば良かったと思うことがたくさんある」という声です。これは育休プチMBAで学ぶことで、上司の視点を手に入れ、その視点から見てどう伝えるべきかというテクニックを習得した成果です。どちらかひとつだけでは機能しない、セットで身に付けて初めて役立つ思考の転換です。育休プチMBAでは一方的な講義ではなく、MBAの授業のようにディスカッションをすることで上司の視点を取得していきます。

パートナーや上司の男性には、女性のキャリアを応援する視点を期待

――現在までに6,500人以上のワーママが参加しているとのことですが、どのように認知されていったのでしょう。

国保:Facebookを中心に広がり、メディアに取り上げられたのを機に一気に拡大しました。さすがにマンションの1室では無理になったので会場を借り、運営チームを作ったのです。ボランティアで運営するのが難しくなったので、二期目からは株式会社ワークシフト研究所の一部門としています。参加者の業種や職種は幅広く、子供と仕事のどちらも好きな人が多いですね。

――参加した人たちは、職場復帰への不安がなくなるのではないでしょうか?

国保:実際に復帰してみないと学びの効果の実感はできないと思うのですが、復帰がひたすら不安に思っていた状態から、「不安はあるけれど、楽しみでもある」とおっしゃるようになる方が多いので、何とかやっていけるだけの自信は得られていると思います。

――パートナーである男性の働き方も、同時に改善が必要かと思います。

国保:私は厚労省のイクメンプロジェクトの推進委員をやっており、その委員会でイクメンやイクボス(育児に理解のある経営者や上司)の事例をたくさん見聞きするのですが、どちらの男性も必ずしも子供好きだったり育児に興味があったりするわけではないと感じています。

イクメンの皆さんは、パートナーとして妻のキャリアや人生を応援したい人たちで、そのためには自分も育児・家事をすることが当然だと受け止めています。イクボスは育児云々以前に、どのような事情を抱えた部下であっても能力を最大限に引き出せる管理のスキルやマインドがある人たちです。
男性には、子供が好きか嫌いかというより、自分の大切なパートナーや部下のキャリアを応援する視点を持っていただきたいと思っています。夫婦の話でいえば、育休は、育児に専念する期間というより、夫婦で共働き育児生活を回す体制に移行するための準備期間です。育休を取っている方がすべて家事育児を担うのではなく、復帰後の生活を見据えて、夫婦でトライ&エラーを行う時期だととらえてほしいと思います。これは介護休暇も同じで、1人で介護タスクを抱え込まない体制を整えるための準備期間だと考えて、やるべきことを整理するといいと思います。

――ワーママのキャリア形成は今後、ますます重要になってきますね。

国保:育児とキャリアの両立支援は、企業にとって福利厚生ではなく、生存戦略の一環です。これからの人材不足時代では、取り組んでいないところからは優秀な人材が離れていくと思いますね。大企業も試行錯誤しているイメージがありますが、フットワークの軽い中小のほうが変革はしやすいはずです。硬直している大企業から流出した優秀な人材を受け入れる、いい機会ですよ。

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