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日本の様々な産業で人手不足が深刻化する一方、AIやロボティクスなど新技術の進化によって人手は不要になるとも言われ、雇用をめぐる環境は先の見通しが難しい状況になっている。今後の日本の雇用環境はどうなっていくのか、人々の働き方はどう変わっていくのか。人材需給に関する調査・分析を行う三菱総合研究所の武田洋子センター長に、マイナビの栗田卓也が見解を求めた。
栗田:この数年、日本の様々な産業で「人手不足」が深刻化する一方、AIやロボティクスなど新たな技術の進化・普及によって「人手が必要なくなる」といった話もよく聞きます。こうした相反する話をどう理解すべきかを含め、武田さんたちが行った人材需給動向分析の概要を教えていただけますか?
武田:今触れていただいたように、日本の労働市場の展望としては「労働力不足が今後ますます厳しくなる」という話と、「AIなどの新しい技術で人の雇用が奪われる」という一見相反する2つの見方があって、それが時系列でどう変化するのかを確認すべきとの問題意識を持ったことが今回の分析に取り組む動機になりました。
あらためて位置づけてみると、労働力不足は現在の延長での「労働供給」の話であり、AIなどによるタスクの変化は「労働需要」の話なんですね。そこで、この2つを組み合わせたら何かが見えるのではないかと考えたのが人材需給動向分析のスタートでした。
その結果、2020年代の前半頃までは確かに労働需給が一層タイトになっていきますが、その後、AIなどの新たな技術によって人の仕事に求められるタスクが変わり、2030年頃にはマクロでの需給はほぼニュートラルになるとの結果が得られました。【参照:図1】
栗田:しばらくは人手不足の厳しさが続いても、やがては技術の進化がそれを補って人手不足を解消してくれるわけですね。
武田:表面的にはそうなのですが、手放しで喜べないのはその中味です。数の上では人手不足が解消されても、その中で必要性が高まる「専門人材」が供給できているのか。
AIが人の雇用を奪うという誤解を生む原因にもなっていると思うのですが、一般的な事務職や生産職の一部の業務がAIやロボティクスに置き換わる可能性が高いのは確かだと思います。今より何割か少ない人材で同じ業務が遂行できるようになる。一方、AIを活用しながら新しいビジネスを生み出す「専門人材」の需要が高まるものの、現在の延長では供給が足りません。つまり、人材の「ミスマッチ」こそが、一番の課題になることが今回の分析でクリアになりました。
栗田:AIなどの進化によって単純に「人手」の必要がなくなるのではなく、必要なスキルを持った人手は、逆に不足することになるということですね。こうした人材の需給ギャップにおける課題を見出す過程で、武田さんたちは人材のポートフォリオの分析も行っています。
武田:人材ポートフォリオの分析では、米国の大学で行われている先行研究(※)を参考に、タスクを2軸4象限にわけ、横軸に分析的かマニュアル的か、縦軸に創造的か定型的かを置いたマッピングを用いました。米国にO*NET(オーネット)という職業特性に関するデータベースがあり、それに日本の職種別データをあてはめて試算しています。【参照:図2】
この分析で明らかになったのが、日本では分析的であれマニュアル的であれ定型的なタスクの度合いが高い職に従事している人が80%程度を占めており、今後必要になる創造的なタスクを担う人材が、現状でも今後においても不足するであろうという事実でした。日本のこの傾向は、米国や英国との比較でも顕著です。
(※)先行研究/Autor, D., Levy, F. and Murnane, R.J. “The Skill Content of Recent Technological Change: An Empirical Exploration”. Quarterly Journal of Economics, November 2003, p. 1279-1333.
栗田:今後必要となる人材との需給ギャップを埋めるため、また日本が成長を続けるためにも、より創造的なタスクに適応できる人材を増やさなければならない。その実現に向けて武田さんたちは「FLAP(フラップ)サイクル」の形成を提唱しています。これについても簡単にご説明いただけますか。【参照:図3】
武田:「FLAP」というのは私たちの造語で、Find(知る)、Learn(学ぶ)、Act(行動する)、Perform(活躍する)の頭文字を取っています。
仮想空間と現実空間を融合させるSociety5.0(※)の実現が日本が目指すべき未来社会の姿だと語られても、それで実際に行動に移す人がどれだけいるでしょうか。まず世の中に必要とされるスキルが変わることを個々人が「知る」、良い意味での危機意識を持たなければ真の変化は起きないと考えました。そこで重要になるのがFindをどう与えていくか。今政府で検討されている日本版O*NETのようなものが必要と思います。スキルと言っても人によって捉え方が異なるので共通言語化も進める必要があるでしょう。
栗田:自分が今持っているスキルがどのようなもので、今後必要なスキルは何なのか、客観的に判断できる指標があってこそFindも生まれる。
武田:学び直しの必要性を知った方に「学ぶ」機会を用意するのが次のステップです。しかし、日本では社会人になってから大学に通う方の割合が低いです。夜間や休日に学べる質の高いカリキュラムの提供や、働きながら通うことのできる環境の整備が日本では遅れていると感じます。
Actは、学び直しを実践し、スキルを活かせる場所へと積極的に移ることを意味します。その前提として必要になるのがスキルを正しく評価し処遇する人事制度です。せっかく学んでも評価されず活かせないのでは「行動」につながりません。
こうして知り、学び、行動した人が実際に「活躍」することは、企業にとっても個人にとっても幸せなことです。活躍している人を見ることが周囲の人にとっての次のFindにもつながります。
(※)Society5.0/「第5期科学技術基本計画」において内閣府が閣議決定した、日本が目指すべき未来社会の姿。
栗田:FLAPサイクルを定着させるには個人のマインドも変えなければならないし、社会や企業の仕組みも変える必要があると思うのですが、企業としてはどんなことに取り組むべきだとお考えですか。
武田:日本の雇用制度はこれまでの経済社会において機能していた点がたくさんありました。例えば、終身雇用などは戦後の日本を経済大国に押し上げる大きな要因になったと評価しています。
ただ1990年代からのITの進化やグローバル化の進展によって環境は大きく変わり、今後AIなどの技術が社会に普及すれば働く人たちに求められるタスクがさらに変化するのは間違いありません。Society 5.0が提唱されているわけですが、担える人材がいなければSociety 5.0は実現しません。企業としてはこうした変化への意識を今以上に強く持つ必要があると思います。
また、人生100年時代と言われる中、60〜70代など、年齢に見合った働き方と処遇に改め、シニアでも輝ける制度設計を進めるべきではないでしょうか。その一環として中途採用の拡大など柔軟性のある労働市場の形成が必要であり、退職金制度の歪みも正すべきと考えます。現在の退職金制度は基本的に長く働くことが前提になっており、会社を移ることの大きな阻害要因になっています。これは確かに一定の人を留める効果があるのでしょうが、退職金を気にしている人ばかりが恩恵を受ける仕組みでは日本企業は競争力の低い集団になりかねません。
一方、中途入社が不利にならない制度設計を行っている企業には良い人材が集まるという環境に、いずれはなっていくはずです。さらにFLAPサイクルの中にあげた、学びやチャレンジができる仕組みを整えることも企業にとって重要だと思います。
栗田:近年、通年採用の広がりなど変化も生まれているのですが、新卒採用についてはどうなっていくべきか、お考えがあれば伺いたいのですが。
武田:新卒の一括採用は、終身雇用を前提とした考え方ですよね。スキルをベースとした賃金体系を考えずに一括採用をしてきた結果、日本企業で何年入社かが重視されてきました。人事管理上もそれが楽だったからです。
しかし、人生100年時代では自分のキャリアやスキル、望む働き方ができる会社に自由に移れる社会が必要です。そういう社会では個人の能力をきちんと評価し、それを反映させた報酬体系ができていない企業には人が集まらなくなります。新卒一括採用が不要とまでは考えていませんが、中途採用の門戸の拡大や、期間限定の採用など、採用の形も今より多様になってくると思います。
栗田:雇用環境の変化をチャンスとするため、個々のビジネスパーソンはどのようなことを意識すべきなのでしょうか。
武田:1つ目は、キャリアは自ら切り拓いていかなければならないという意識です。産業構造や世界情勢が目まぐるしく変わる時代においては、同じ会社でずっと働けるかは誰も保証できません。
2つ目に、自分の健康や家族の事情など、長い人生においては想定外のことが起こりうると、心にとめておくことでしょうか。
3つ目としては、弊社の分析でも明らかになったように、これからの時代は技術の進歩によって求められるタスクが変わるということを意識しておくことだと思います。
こうした意識を持ったうえで、自分の強みをみつけるために、多くの機会を活かし、スキルを磨き続けることが大切です。社会人が必要な知識を適宜学び直すことが、これからは当たり前となってくるでしょう。仕事を通じて、新たに学びたいことがみえてくることも大いにあります。
栗田:就職活動の段階から、ここで内定が得られなければ人生が終わってしまうと考える方も見受けられますからね。
武田:日本には様々な課題はありますが、皆が将来を見据え、新しいことに挑戦すれば未来は必ず拓けます。とくに若い社会人の方や、これから社会に出る学生の皆さんには、ぜひフロントランナーとして活躍してほしいです。
※人材需給動向やFLAPサイクルなど、武田さんたちの人材戦略に関する調査・分析の詳細は三菱総合研究所ホームページのMRIトレンドレビューでご覧ください。
https://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20180723.html