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「女性活躍推進」「ダイバーシティ」というワードを耳にするようになって久しい。「男性に負けない」「人一倍頑張らなければ」とひたむきに仕事と向き合い、日々努力しキャリアを構築している女性もいるだろう。一方で、キャリアアップのスピードをダウンして育児や副業などに軸足を置く人も増えてきている。価値観が多様化した現代、女性がそれぞれのライフキャリアを充実させるにはどうすればよいのか。そんな女性達の悩みに、女性に特化した個人向けキャリアコンサルタント会社「株式会社MYコンパス」の岩橋ひかりさんが答える。「マイナビ子育て」編集長で、自身もワーキングマザーである川島輝美がお話を伺った。
川島輝美(以下 川島):私が第一子を出産したのは2011年、岩橋さんは2010年だそうですから、ほぼ同時期にワーキングマザーとなったんですよね。この10年間をふりかえって何か感じることはありますか?
岩橋ひかり(以下 岩橋):私が出産した頃には、子供を保育園に入れられないとか、会社に育児短時間勤務の制度がないとか、ワーキングマザー共通の悩みがありました。でも、2010年に育児・介護休業法が改正されたのを起点に、子育てに関する環境はいい方向に変わってきていると思います。
川島:「マイナビ子育て」では毎年ユーザーヒアリングをするのですが、その答えにも変化を感じます。5年くらい前の回答には、ワンオペ育児が辛いとか、保育園に入れないとか、保育料が高くて経済的に辛いとか、社会的に解決が必要な問題が多かったんです。でも今はそういう回答より、義母が孫におもちゃを与えすぎて困るとか、個人的な悩みが増えてきています。社会制度がある程度整ってきたということや、男性が育児に積極的に参加するようになったというようなことも背景にあると考えています。
岩橋:そうですね。その他にも家電が進化して家事が楽になったとか、地域性もありますが帰りが遅くなったので夕飯はデリバリーに頼んじゃおうとか、洗濯や掃除をアウトソーシングしようとか、世の中が便利になったことも大きいと思います。そうした時代背景の変化によって自己成長や自己肯定感といったことが悩みになっているワーキングマザーが増えてきていると感じますね。つまり社会全体の大きな悩みは解決されつつある一方で、ワーキングマザーの悩みが多様化しているということなんじゃないでしょうか。
川島:ワーキングマザーが増えてきた今、出産後に職場復帰してバリバリ働きたいという人もいるし、会社でのキャリアはセーブして育児に力を入れる人もいる。そんな多様性が受容される世の中になってきているなということは感じますね。
岩橋:多様な時代の中の1つのトレンドとして副業やパラレルワークがありますが、私の会社に相談にくるお客様の中には「副業をしたいけれど、何をやったらいいかわからない」とおっしゃる方がいます。でも、何をやるかは自分のやりたいこと、実現したいことによって人それぞれ違うので、必然的に自分を見つめ直すことが必要になってきます。社会や女性の価値観が多様化した結果、皆さんそれぞれが自分に回帰していく、自分らしさを追求するという方向に向かってきているんじゃないでしょうか。
今までの時代は社会や組織の中で個を消して生きてきたのが、「自分にとっての正解はなんだろう?」と個を追求していく多様性の時代になってきているんだと思います。
川島:多様であることが当たり前な時代になるのは、良い流れですよね。これは日本特有なのかもしれませんが、今までは女性はこうあるべき、母親はこうあるべきといった「べき」の価値観がずっとありましたよね。でも「こうあるべき」なんて、誰が決めたかという話ですよね。今はまだ大変な思いをしている女性もいると思いますが、この10年で「べき」は少なくなってきて、ワーキングマザーを取り巻く環境は飛躍的に良くなっています。この先の10年はさらに良くなる、そのバトンを次の世代に繋いでいるのが今の自分の世代だと思って、楽しんで欲しいと思います。
岩橋:私や川島さんは、社会の茨の道を進んできた世代だと思うんです。それ以前の世代の女性は結婚して出産したら専業主婦になるという方が多く、世の中もそういう風潮でしたから、ロールモデルになる先輩がいなかった。でも、今思えば先輩達もみんな大変で、そのバトンを受け取って私達は今、次にバトンを渡すために茨の道を切り開いて走っている。そして子ども達には、今より良い時代をパスしたいなと思うわけです。
川島:わかります。時代は確実に良くなってきていて、先ほども言ったように選択肢が増えているわけですからね。でもそこで大事になってくるのは、自分がどう生きたいのか、何をしたいのかを考えることじゃないでしょうか。
岩崎:それで言うと私がよくアドバイスするのは「先輩の話を聞きすぎない」ということ。この10年で時代は確かに変わったんですけど、そうなるまでには凄く大変だった。なので先輩達の中には、自分がどれだけ大変だったかを話したがる人がいるんですね。でも、そういう苦労話ばかり聞かされると、若い人達はワーキングマザーになる前から嫌になってしまうと思うんです。ですから先輩の年代の人には気をつけないとねと言いますし、若い世代の人には先輩の話は聞きすぎない方がいいよと伝えています。結局、自分にとっての正解は自分で決めていくしかないし、自分らしさ、自分がどうしたいのかは自分にしかわからないですから。
川島:岩橋さんは著書の『最強のライフキャリア論。』の中で「書くこと」を推奨していますが、私も自分がどうありたいのかを見極める方法として、最近書くことを実践しています。今までは思いついたことをスマホにメモしていたんですが、手書きにしたら考えを整理しやすくなりました。
岩橋:書く行為は「ジャーナリング」や、「書く瞑想」とも呼ばれていますが、自分に向き合うにはPCやスマホを使ってもいいので「書く」ということはいい手段だと思います。著書にも書きましたが、たとえば自分が「嫌だな」と思うことを100個書き出すんです。部屋が散らかっているのが嫌とか、ヒールのある靴を履くのが嫌とか、なんでもいいから100個。考えを整理するには、まずは頭の中に溜まった嫌なことを出すことが大事なんですね。人に言えずに一人でモヤモヤしていたことを書くだけで解決できる方もいます。
川島:100個も書けるものですか?
岩橋:書いてみようと自分に向き合ってみると、案外自分でも忘れているような嫌なことが浮かんできたりするみたいです。たとえば小学校のお子さんがいる方が、親の意向で結婚式を自分のやりたい場所でできなかったと書いていました。10年以上前のことをずっと心の中に溜めていたわけです。周りの期待に応えようと頑張っている人ほど、軽く100個を超えるくらいにたくさん出てきますよ。
川島:それは書いて成仏させてあげた方がいいですね(笑)。
岩橋:あとは他人と自分を比べて羨ましく思ったり、自分とは違うとモヤモヤしたりすることってあると思うんですが、そういう時こそ自分の気持ちを知るチャンスです。たとえば人気モデルのSNSの投稿を見て「いいな」「羨ましいな」と思ったら、そこを深掘りしていくんです。自分はその人の何が羨ましいのか? 豪邸に住んでいることなのか? 素敵なパートナーと円満そうにしていることなのか? 料理が上手なことなのか? ファッションセンスがいいことなのか? モデルさんを「いいな」と思っている人達も、それぞれ見ているところは違うはずです。羨ましいと思う気持ちの中に、自分が何を重視しているのか、自分がどうありたいのかということのヒントが隠れているので、ただ羨ましいで終わるのではなく、その感情を掘り下げると自分を知るいいきっかけになります。
川島:そんな風に感情を紐解いていくことは大事ですよね。私の話になりますが、私は日々を充実させて楽しく生きるために、好奇心、直感、健康、そして「まっ、いいか」を大事にしています。好奇心は日々の生活を楽しんだり、新しい情報を集めたりする自分のモチベーションに繋がるので、とても大切だと思います。直感については、もともと私は日頃から直感で行動するタイプですが、それで失敗したことってあまりないんです。もし失敗した時は「まっ、いいか」で乗り越える。実際に口に出して言うので子供にもその口癖がうつってしまって、慌てることもあったりして(笑)。あとは健康でさえあれば、どうにかなると思っています。
岩橋:私も直感は大事にしますし、日頃から直感を鍛える訓練をしています。今日、ここに来るまでの道のりもいくつかルートがあったんですが「東京駅を経由したいからこっちのルートで!」と直感で決めて来ました。その他にもコンビニでおにぎりを買う時なども、おにぎりの棚の前で直感が降ってくるのを待って「よし、今日は鮭」と決めたりするんですよ(笑)。
川島:おにぎりの具を決めるのが直感の訓練ですか?
岩橋:そうです。そういう日常レベルで訓練をしていると直感が研ぎ澄まされて、仕事で何かを瞬時に判断しなくてはいけないような時に正しい判断ができるようになると思っています。おにぎりの具さえ決められない人に大きなことは決められないですから。職場でよく見かける光景ですが、同僚数人とランチにいった場合、上司がA定食と言ったら考えもせずに「私もA定食」とみんなが同じものを頼むみたいなことってありますよね。そういうことを繰り返していると、どんどん主体的な意思決定ができなくなってしまう。だから何かに影響されずに自分の直感や意志でものごとを決定する訓練はとても大事だと思います。
川島:確かに決められずにグルグル悩み続けると、たとえ最終的に決められたとしても「あっちにすればよかったかな」とか、結局決めなかった方のことが頭に残ってしまって、好ましくない状態になるというのはあると思います。だから「やる」「やらない」はすぐ決める。そして夜は気持ちよくお布団に入って一日を終えたいですね。
岩橋:こんな風にいろいろ話してきましたが、それでも自分らしさとか、自分のやりたいことがわからないって悩まれる方が多いと思います。でも、それを不安に思う必要はないと私は思っています。自分だけがわかってないんじゃなくて、みんなもわかってないから大丈夫です。多様性の時代だからこそ何に悩んでもいいし、焦らずコツコツ自分のやりたいことを見つけていってほしいですね。
(まとめ)
岩橋さんは現在「L470」というプロジェクトを立ち上げようとしている。「L」は「Local Ladies Leaders」の3つのL。47都道府県からそれぞれ10人の女性リーダーを輩出し、全国に女性のネットワークを作り、そのネットワークを通してジェンダー平等社会を実現させようとしているのだ。「こうあるべき」というひとつ価値観に縛られる時代はもう終わった。全国の470人のリーダーのもと、時代背景やその地域の特性に合った方法で、女性ひとりひとりが自分だけの理想のライフキャリアを築ける時代がやってくることに期待したい。
【構成・文:濱中香織(株式会社imago)】
【写真:明星暁子】