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従業員も、その家族も幸せにするデジタル時代の働き方とは?

サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久

コロナ禍に加え、戦争などによる大きな社会情勢の変化。私たちは自らの働き方を考えざるを得ない局面に立たされている。そんな中、育児休暇制度や在宅勤務を積極的に取り入れて、「働き方改革」の先鋒として注目を集める企業がある。組織の業務推進の効率化をはかるグループウェアやクラウドサービス。その市場を牽引するサイボウズ株式会社だ。9月からは、日本の組織においてDX推進を目指すノーコード推進協会(NCPA)に副代表理事として携わり、デジタル時代の理想の働きやすさを追求している代表取締役社長・青野慶久氏にお話を伺った。

“良い会社”というものはない。そこには人がいるだけ

サイボウズは、新聞に掲載する広告でたびたび話題をさらっている。2017年9月13日には「働き方改革に関するお詫び」というタイトルで、本当の意味での働き方改革がなかなか進まないことに対するもどかしさを、ユーモアたっぷりのアニメーションとコラボしながらアピールした。続いて20年には「がんばるな、ニッポン 無理して出社させない選択肢を」、21年には「多様性に関するお詫び」と、代表の青野氏の署名入りでタイムリーな発信を続けている。

その青野氏は著者『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)の冒頭で「最近、日本の大企業でくすぶっている若者を見て思うことがある。君たちはね、就活に失敗したんだわ。(中略)そして、くすぶり続けているってことは、君たちも変化できない奴ってことになる。」と述べた。書名はもちろんのこと、この書き出しもかなり刺激的な刺さる言葉が並んでいる。

「何が何でも大企業に就職すればカッコイイというような風潮は、日本でも少しずつ変わりつつあるとは思います。トップレベルの大学を卒業して有名企業ではなく、あえてベンチャーに就職しようという人も増えていますから。ただ、就職する以前、教育を受けている段階で多様性や幸福の源泉はどこにあるのかといったところにきちんと向き合っていないと、自分は何をしていいのか、自分らしい道とは何なのか迷う人はいるでしょうね。それまでは、親や教師に言われた進路を選び、自ら選択したことがなかったとしても、最終的には自分で決めなさいよと言いたいですね。自分が決めたという感覚を持つことが大事だと思います

しかし、いろいろ迷い、考え、選択して就職したはずなのに、その後こんなはずじゃなかったと思う人は少なくない。その結果「くすぶっている」若者たちは、「良い会社」というものがあると誤解しているのではないかと青野氏は言う。

「“会社って何ですか?”と尋ねられたらどう答えますか? “会社とはこれです”と指で示せるような実体はありません。法人とは、会社法で“人”と定義され、実在しないのに存在すると仮定された想像上の生き物=モンスターみたいなもの。よく“会社のために働く”と言う人がいますが、実体のないもののために働くなんておかしな話ですよね。結局のところ、会社に行けば人がいるだけなんですから、人を見ないと間違います。もっと言えば、会社というモンスターのブランドやイメージではなく、会社の経営に関して意志と権限をもつ生身の人間、つまり代表取締役が本当に信頼できる人なのかどうかを見なければいけません。そこを間違えると、知らぬ間に搾取されていたり、仕事が全然楽しくないということになってしまうでしょう

従業員と、その家族が幸せな会社を作る

経済が右肩上がりで拡大していた時代には、“会社のため”を合い言葉に上司の命令に従い、残業をして、辞令が出れば転勤も厭わず定年まで働き続ける。それでも十分にやりがいは得られた。それは年功序列が機能して、長く勤めれば賃金が上がり昇進できることが約束されていたからだ。しかし、社会環境の変化で、年功序列という大前提も揺らぎつつある。

「たとえばある人が、自分の会社がイケてないから何とかして変えたいと思っても、変える権力を手にするには自分が選ばれ続けて昇進し続けなければなりません。そのために我慢を積み重ねる、いわゆる“我慢レース”の始まりです。そして、昇進して権限を持った頃には人材としての全盛期はとっくに過ぎていて、若者たちの足を引っ張るようになることも多い。もちろん会社にいる人すべてがイケてないわけではありませんし、素敵な人もいっぱいいるでしょう。ただ、会社が楽しくないと思っているのであれば、自分がこうした我慢レースに入り込んでいないかどうか。会社というモンスターの化けの皮に騙されていないか。少し距離をもって考え直してみてもいいのではないでしょうか

青野氏自身、新卒で入社した会社は誰もが名前を知るほどの大企業だった。しかし、自分は何万人といる社員のひとり。明日自分がいなくなっても、何も変わらずに会社は続いていく。自分は会社という虎の威を借り、小さなプライドのために本当にやりたいことを遠ざけていることに気づいたのだという。時はちょうど1990年代半ば。Webという新しいインターネット技術が普及し始め、青野氏はこれを利用した情報共有ソフト“グループウェア”を作りたいと、会社や大学時代の先輩2人とともにサイボウズを起業した。それが今では日本・グローバルをあわせて1000名以上の社員を抱え、グループウェア市場をリードする会社だ。離職率の高さに悩まされたこともあるらしいが、個人の事情に応じて勤務時間や場所を決めることができる“働き方宣言制度”、社員が自分らしく働き、経済的にも精神的にも自立できるように副(複)業を許可、そして社長自ら率先して取得した育児・介護休暇制度など、さまざまな施策を行った結果、社員が安心して働ける会社となっている。

「経営者も100人いれば100通りなので、僕のやり方をみなさんに押し付けようとは思いません。僕とは違って“俺の言うことを聞け!”タイプのボスでも、周りの人たちが幸せなら、まったく構わないですよ。でも、みんなが幸せになっていないなら、やり方を変えた方がいいんじゃないでしょうか。経営者にお伝えしたいのは、まず従業員と対話をしてみませんかということです。みんなが楽しく働けているかどうか。従業員の家族も幸せに暮らしているかどうか。もしそうじゃないとしたら考えた方が良いですよ。方法としては、僕たちのようなやり方もありますよというぐらいの感覚ですね

“すごい雇用”で集まる多様な人材がアイデアを生む

SDGsやD&Iなどと言うまでもなく、時代は多様性を受け入れる働き方をしないと立ちゆかなくなりつつある。どんな人材を雇用するかは企業の未来を左右する大きな問題だが、そこに青野氏は“すごい雇用”と“すごくない雇用”があると言う。どこの会社でも通用する優秀な人を採用するのが“すごくない雇用”。ほかの会社では採用されないような制限のある人、採用するのに勇気がいる人を採用するのが“すごい雇用”。ずいぶん逆説的であるように思えるが、サイボウズでは“すごい雇用”を実践している。

「今、人手不足はどこでも大きな悩みです。優秀な人材がいないと嘆くなら、考え方を変えれば良いんです。“1日に4時間しか働けない”“週に3日しか働けない”“オフィスに出社することが難しい”……そんな理由で活躍したくてもできない人がいるんだったら、そういう人たちを雇用するのが良い選択なんです。いろいろな条件の人を雇用するとマネジメントが大変なんじゃないかと言う人もいます。実際に大変ではあるんですが、リターンが大きい投資になるのでお勧めです。

サイボウズでは、働き方を自由に選べることにしているので、“もう会社には出社しません”という社員も、育児などさまざまな理由で会社勤めにブランクができた人も復帰に向けたインターン制度を利用するなどして、活躍できるようになっています。結局そういった一見難しい壁があったとしても、乗り越えてしまえば“会社に来られない人も採用できた”“オフィスは東京にあるけれど、地方の人も採用できるようになった”というように、組織に変化をもたらします。ですから、進歩したいんだったら是非この“すごい雇用”に取り組むことをお勧めしたいと思います

多様な条件のもとに集まった多様な個性を生かして会社を経営するためのメソッドを、青野氏は“フラスコ理論”と名付け説明する。化学の実験を思い起こしてみよう。フラスコに多様な人材を入れて振ると、化学反応が生まれ、面白いアイデアが生まれるというのだ。ビーカーではなくフラスコでなければいけないのは、絞られた口が企業のビジョンを象徴しているため。アイデアが拡散せず、ビジョンに向かってみんながひとつになることが大事だからだ。

「サイボウズの理念は“チームワークあふれる社会を創ること”です。僕たちはそれを支えるためのインフラとしてグループウェアを作っているわけなんですが、いいチームというのは、必ずしもみんなニコニコ仲良しであればいいというものではありません。多様な人が集まってくれば、100人100通りの考え方があるのが自然です。それを隠さず言い合う方が良いアイデアは生まれますが、相手を傷つけるような言い方ではお互いに疲弊するだけ。共通の目標に向かっていかに建設的に意見を交換するかが重要です。適度な衝突が常に起こっている状態、ガツガツと石がぶつかり合う音が聞こえてくるような組織が僕の理想ですね。フラスコの中で化学反応が起きているのがわかるような組織であってほしいと思っています」

時間・場所の制限のないシステム開発を可能にするノーコード

“すごい雇用”による“フラスコ型組織”の誕生を広く推し進めることになりそうなのが、サイボウズをはじめとするソフトウエア開発企業などが会員となる「ノーコード推進協会(NCPA)」の設立だ。今まで外部のIT企業に依存してきたシステム開発を、自社で開発できる環境づくりを支援することを目的に掲げている。

「コロナ禍で日本はデジタル敗戦国であることを思い知らされました。DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進は急務です。DXはやらないといけないよねという認識が広まったのは良いのですが、残念ながら日本はプログラマーの育成をしてこなかったので、絶対数が圧倒的に少ない。かといって、若者人口が増えていないため、増員も難しいでしょう。そこで発想の転換になるのが、ノーコードという仕組みです。ノーコードとは、プログラミング技術やITスキルがない人でも、気軽にスピーディにシステムを作れるテクノロジーで、これがあれば日本も大逆転のチャンスがあると思っています。どういうことかというと、日本には、若くなくて、プログラミング知識がないとしても、業務に関する知識や経験が豊富な人たちはいっぱいいます。彼らにノーコードのツールを渡せば、たぶんものすごい勢いで業務改善につながるシステムが生み出されるでしょう。ノーコードというテクノロジーを使えば、日本のデジタル化は欧米を追い越すと言っても過言ではないと思っています

ノーコードは、プログラム開発に従事する人の裾野を広げるばかりではない。その他の課題解決にも結びつくのだそうだ。

「システム構築というのは、男性が手がけるイメージがあるかもしれませんが、ノーコードが取り入れられた瞬間にむしろ主役は女性になります。現状、出世し、役職に就く数は男性の方が圧倒的に多いですが、そのぶん現場の業務をよくわかっているのは女性の方が多いというのがひとつ。そしてノーコードでシステムを構築し、運用していく段階になると、今度はいろいろな人を巻き込んでアップデートしていく必要が出てきます。そこでものを言うのが、コミュニケーション力ですから、得意な女性がたくさんいらっしゃいます。サイボウズのクラウド型Webデータベース“kintone”の活用事例の発表会でも女性がたびたび優勝しています。さらにノーコードはクラウドのシステムですから、東京にいる必要もありません。地方に住んでいても、子育てをしながらでも、時間の制限があってフルタイムで働けない人でも、国内ばかりか海外の企業を相手にSEの仕事ができるようになるわけです」

日本のDX事情を劇的に変えそうなノーコード。協会の設立が発表されるやいなや問い合わせが殺到しているそうだ。今後目が離せない動きと言えるだろう。

 

(まとめ)

青野氏はTwitterではもちろんのこと、社内に向けてもさまざまな発信を行っている。先日は、ある政治的な話題について青野氏がたびたび呟いていることに対し、社内から“その発言はいかがなものか”という声が上がり、ミーティングが設定されたのだそうだ。集まったのは70人。“もう、公開処刑ですよ”と青野氏は笑ったが、“政治的な発言をするな”ではなく、言葉の使い方や、発言の仕方に対する意見だったことに驚かされた。サイボウズでは、仕事に対する愚痴や不満をそのままにして、会議などの場で発言しないことに“質問責任を果たしてない”と咎められるのだそうだ。青野氏の掲げる“チームワークあふれる社会を創る”という理念が、まさに息づいた企業であることが実感させられた。

 

【取材・文:定家励子(株式会社imago)】

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