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コロナ禍で困ったことのひとつに、人との対面による会話がしにくくなったことがある。何気ないやりとりから生まれる気づき、アイデアというものがなくなってしまったと嘆く声も多い。そこでお勧めしたいのが“書く瞑想”だ。習慣化コンサルタントの古川武士氏に人生を成功に導く「習慣化」と、そのモチベーションの源となる自己との対話術“書く瞑想”について教えていただいた。
先日、リモートワークで上司などから「叱られない日々」を送る若手社員が、厳しく指導されない「ゆるい職場」に不満を募らせ、転職を決意するケースが増えているというニュースを目にした。コロナ禍はそんなところにも歪みを起こしているのかと、愕然とさせられる。
「リモートでひとりぼっちで仕事をしていたら、行き詰まるのは当然だと思います。気持ちのやり場がない。だからといって誰にも相談できずモヤモヤした状態が続けば、苦しいでしょう。電話1本かけて話をして、自分の状態を客観視できれば解決策は見つかるはずです。でも、そんな発想すら湧かずにどうしよう……と悩んでいるなら、そのモヤモヤを書いてみることをおすすめします」
「習慣化」のノウハウで、5万人のビジネスパーソンの育成と1000人以上の個人コンサルタントを行ってきた古川氏が、どうすれば「人生を変えられるのか?」「自分らしく豊かに生きられるのか」を「習慣化」という観点から探求し続けてきた結果、行き着いたシンプルな方法は「書く」ことだったのだという。
「大学を卒業後勤めていた大手メーカーを辞めて独立したのが、29歳の時でした。当時はコンサルタントをさせてもらっているクライアントが1人いるぐらいで、右も左もわからない、プランも何もない状態だったんです。仕事を広げようと思ったら、とにかく人に会いまくってアドバイスをもらうことが成功法則のように言われますよね。毎晩会食の予定を入れた方がいいとか。でも、実は僕は内向的な性格で、知らない人と会うのにとてもストレスを感じるタイプなんです。むしろ、長野の上高地あたりをふらふら歩いている時とか、静かに読書している時に、自分はどうしたいのかという気づき、インスピレーションが湧いてくるんだなということがわかりました」
それからは、ひとり自分に向き合うために書くことが古川氏の習慣になった。自分が“手に入れたいもの”“なりたい姿”“目指す目標”などを書いているうちに、“本を書く生き方がしたい”と思い至る。そして今年で独立して16年になるが、著書は24冊を数え、多くの読者、クライアントを獲得している。
では早速、どう書けばいいのかについて伺っていこう。
「人生の変化は、気づきから始まります。“そうか!”と腹落ちしたとき、人は本当に変わっていくきっかけをつかむことができるんですね。そんなディープインパクトの気づきを得られると、びっくりするぐらい行動習慣も思考習慣も、人間関係さえ変わっていきます。そのためには、書くことで“自己対話”を続けること。自分を感じながら瞑想的に書くことが重要です」
古川氏はこの“書く瞑想”のメソッドを“感情ジャーナル”と名づけた。このメソッドには3つのステップがある。
【第1ステップ】書く瞑想(放電・充電)
タイミング:1日15分(朝がおすすめ。前日を振り返る)
放電:1日の中で、あなたの感情、気分、エネルギーを下げたもの
充電:1日の中で、あなたの感情、気分、エネルギーを上げたもの
(1)この放電、充電について、ただ心にある言葉、感情、考えをすべて箇条書きで良いので書き出す(ログ)
(2)(1)の放電・充電ログに関して、“今、何が一番嫌なのか、つらいのか?”、“自分にとって好き、ワクワクする、楽しい、高揚感がある、没頭感がある”という出来事と、そのように突き動かした感情について、つぶやくように、独り言のように書いていく(セルフトーク)
価値観を深く探り、人生を創造する感情ジャーナルは、脳に創造・洞察の刺激を与える“手書き”がおすすめ
【第2ステップ】書く片づけ(5つのワークで振り返り)
タイミング:月1回1時間程度。
(1)第1ステップの充電・放電の中で特にインパクトが強かったものをピックアップして図にする(インパクト図)
(2)“自分にとって大切なことはなにか”。これに対する答えを自由にキーワードや図で表現する(価値観マップ)
(3)3~5年後ぐらいを目安に自分はどうありたいか(仕事、活動、住んでいるところ、人間関係など)、理想のビジョンを描く
(4)価値観や理想から何が重要かを見極め、やりたいこと・やめたいこと、目標を前進させるための行動を、着手日もしくは完了日とともに書く(行動プラン)
(5)上記行動プランをもとに、1日の「理想」スケジュール、「現実」のスケジュールを書いて対比させ、何を取り入れて何を捨てるかを明確化する(習慣化プラン)
【第3ステップ】書く習慣化(5つのステップで内省と行動を循環させて進化)
タイミング:3ヵ月に1回。
(1)俯瞰:以下の3つについて全部書き出して自分の気持ちと状況を俯瞰する
・Good(3ヵ月で良かったこと)
・Problem(3ヵ月の反省点)
・Solution(次の3ヵ月の行動)
(2)最適化:小さなチューニングを繰り返して、状態を上げていく
(3)自己洞察:自己認識を進めて一段深いテーマに目を向ける
(4)真の望み:やりたいことのビジョンを結晶化する
(5)日々進化:日々の行動と気づきから進化し続ける
※上記は、“書く瞑想”の方法のエッセンスのみをまとめたものです。
「1番目のステップ“書く瞑想”で書かれた内容は、自分の心と生活の現実があますところなく表れている詳細なログです。2番目の“書く片づけ”では、これを上手に読み解き、人生・生活に何が必要で何が不要かを片づけていきます。物の片づけで有名な、やましたひでこさんの“断捨離”や、近藤麻理恵さんの“片づけの魔法”などのメソッドと“心の片づけ”は、共通していることが多いんですね。人の頭の中は日々の不安、イライラ、自己嫌悪といったネガティブな要素もあれば、楽しいこと、嬉しいこともあってゴチャゴチャしています。その状態が続くと思考がグルグルして苦しい。ですから、物の片づけ同様、一旦全部出してしまいましょうということ。すると、100ぐらいの要素があると思っていたストレス要因が、意外に10個ぐらいしかなかったり、一番の懸念は、近々ある上司へのプレゼンであることがわかったり。自分の状態が明確に見えるようになるんです」
古川氏は、書くことの最大のメリットは“メタ認知(自分が認知していることを客観的に把握し、制御すること)”だと言う。
「たとえば、“放電ログ”で毎日のように“部屋が汚い”と繰り返されるようであれば、部屋を片づけさえすればいいですよね。“YouTubeを見て夜更かし”と繰り返されていたのに、たまに“充電ログ”で“今日は早く起きられて、時間に余裕が持てて良かった”と書けた日があれば、これが答えなんじゃないかと気づくことができます。それをスタートにして自分のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が上がるような習慣を見つけていくことが大事なんです」
古川氏は“人生が変わった! という感動を共に味わう”ことをミッションに、長年“習慣化”のメソッドで多くの人々の人生の変化に立ち会っている。
「“習慣化”というと、朝から晩までガチガチにスケジュール通りに動かなければいけないんではないかと誤解されがちなんですが、僕はむしろ、QOLを高めるためにはゆるゆるにやった方がいいと思っています。とはいえ、緩すぎてノールールだと、やらなくちゃいけないことが間に合わず、翌日飛ばしすぎてボロボロになってしまう。そんな激しいアップダウンの日々を過ごすのはキツイですよね。それを避けるために“習慣化”があるんです。“習慣化”はあくまでも手段であって、目的は生活の質を高めること。そのために行動を習慣づけることが大事になってきます」
QOLが上がってくると、それまでは“ほどほどでいい”と思っていた人も、少しずつ欲が出てくるのだそう。
「今までと違うことに挑戦するのは、誰でも失敗したらどうしようと恐れる気持ちになります。新しいことなんかしない方がストレスなくていいよねと、守りに入った状態です。でも“書く瞑想”を続けていると、自然と“自分は本当は何がしたいんだろう?”と考えるようになり、“もっとイキイキと、もっと情熱的に生きていきたい”という欲が出てくるんです」
自分が本当にやりたいことを見つけるのに役立つのが、【第2ステップ】書く片づけにある“価値観マップ”だ。“自分にとって大切なことは何か”をテーマに、自由にキーワードや図、絵で表現していくと、自分は何に価値を置くかを判断する“軸”が明確になっていく。
「人は好きなことを続ければ真の成功にたどりつくと、僕は思っています。基本的には他人に認められたい、褒められたいというのが人間です。好きなことをして結果が出て褒められれば楽しいし、ますますやっていこうと意欲的になるから良いサイクルができる。自分のしたいことを源泉に行動して認められるわけですから、サステナブルですよね。価値観マップで自分の感情のマグマがどこにあるのかを探求し、どんな生き方を目指すのかがわかったら、今やっている仕事の中で何か新しい役割に挑戦してみる。あるいは社内転職や思いきって独立など、答えは人それぞれ見えてきます。最近、若い人は仕事に対する意欲がないなんて言われますが、自分らしく生きたいという情熱は誰でも持っているはずです。それがないように見えるのは、世の中の急速な変化を前に疲弊して混乱して、不安や恐れで縮こまっているからではないでしょうか」
感情はこのように重層的に絡み合っている(『書く瞑想』より)
自分のことを一番よくわかっているのは自分だと思いがちだが、実は人の感情というのは重層的に絡み合い、一時の瞬間的な思いに阻まれて、自分が本当に望むこと、価値があると思うことをなかなか客観視できない。書くことは客観視を促し、自分の本質に触れる一番の近道であるようだ。
「人のもっとも深い願望から運命は形作られていきます。私自身振り返ってみると、常に伴走者、サポーターとして自分を支え続けたのは、書いて自分の中の深い願望を見つけることでした。調子の良いときも悪いときも、書き続ければ自分の本当にしたいことが見えてきます。僕がコンサルティングをしている“習慣化”は、QOLを上げるための習慣を見つけ、続けられるようにすることです。“朝、走ったらすっきりした。夜、よく眠れた。運動効果ってあるんだな”と書くと、また次の日もやりたくなりませんか? ログを書いてそのように快感を積み重ねていくと、“じゃあ次は、こんなことにチャレンジしよう”という意欲が湧いてきます。人生をよりよく変えるために、まずは朝15分の“放電・充電ログ”を書くことから始めていってほしいと思います」
(まとめ)
古川氏のクライアントの中には、“仕事への高いモチベーションを再燃した人”から、“学校の先生からジャズボーカリストになった人”“77歳から生き甲斐探しを始めた人”“研究職から思い悩んで獣医師になった人”など、人生を大きく転換した人は少なくないのだそう。しかし、自分にはそんな大それたことはできない……と弱気になる必要はないのかもしれない。“書く瞑想”によって、自分でも思いがけない願望が見えてくる可能性は十分にある。その願いを叶えるために、英会話を学びたいとか、毎朝早く起きて運動をしたいなど“習慣化したいこと”が見つかったら、“ベビーステップ(赤ちゃんの第1歩)、つまり1度に1つずつ、小さく始めること”が鉄則だと古川氏は教えてくれた。
【取材・文:定家励子(株式会社imago)】