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経済産業省は今年2月「女性特有の健康課題による社会全体の経済損失」の試算結果を発表した。それによれば、総額で年間3.4兆円もの損失があるという。これは由々しき事態と言えるのではないか。女性が心身ともに健康な状態で生き生きとキャリアを重ね、社会で活躍できるようにするにはどうしたらいいのか? 日本医療政策機構で女性の健康や非感染性疾患対策をテーマに調査研究、政策提言の策定などを行ってきた今村優子氏に、マイナビのメディカル事業本部で企業の健康経営を促進するサービス『welltowa』を担当する平山理恵が伺った。
平山理恵(以下、平山):経産省が発表した女性の健康課題による経済損失の額には私も正直驚きました。でも、考えてみればPMS(月経前症候群)や月経痛、更年期障害など、自覚があるなしにかかわらず、仕事のパフォーマンスが多少なりとも下がってしまうのは事実なのです。先週はできていた業務が、今週は同程度にできないとか、パフォーマンスが下がって期限までに提出できなかったとか。私自身も耳にすることはありました。今村さんは、この女性特有の健康問題をどのように捉えていますか?
今村優子(以下、今村):一番の課題は、そのような女性特有の症状を放置してしまっていることですね。たとえば月経なら“毎月のことだから、我慢しよう”“病気ではないし、時間が経てば治るから”と、そのまま放っておいてしまう。症状が可視化できない、なかなか人と比較できないので、自分の異常に気づかないまま過ごしてしまっているなど。ある女性は経血量が多くて、1時間の会議でナプキンから漏れないか不安で、どう会議を乗り越えられるかを一生懸命考えていたそうなのですが、1時間で経血の漏れが心配になるようならすぐに産婦人科に来てくださいとドクターたちはおっしゃいます。このような状態にあるにもかかわらず、病気ではないという認識を持っていることが、私は大きな課題だと思っています。女性たちには、我慢している症状が病院に行ってよいレベルであることや、そういった症状の多くが病院を受診し正しく対処すれば改善するということを伝えていきたいです。
平山:小学生の頃、学校で女子だけが集められて“月経というのはこういうものなんだよ”と教えられたのを覚えています。多くの女性が自分の体験として痛みの有無や、その強弱には個人差があることは理解しているかもしれませんが、知識としては小学校で習ったことぐらいで止まってしまっていると感じる方も少なくないのではないでしょうか。それは、男性にも言えることで、女性の健康課題に対して正しい知識を学ぶ機会があったかどうかマイナビの調査でアンケートをとったところ、約80%の方が学ぶ機会がなかったと答えました。40代ぐらいの管理職の方でも学校の保健体育で学んだぐらいのレベルのままだということが多いです。なので、女性従業員の健康面のサポートも、やりたくないからやらないのではなく、知らないからできない。タブーだと思っているので触れないようにしているというケースが多いんですね。正しい知識をアップデートすることは部下だけではなく、パートナーや娘さんがいる方は、プライベートでも生かせますから。そういう学びの場、環境を整えるということも、課題解決の伸びしろとして感じています。
今村:そうですね。学校教育における性教育や健康教育の在り方は議論・検討されてきていますが、これまで、きちんとした知識を得る機会を提供できていなかったという課題は大きいと思います。正しい知識があれば“気づくこと”ができるんですよね。“自分のこの状態は正常なのだろうか? もしかしたら、何かおかしいところがあるのではないだろうか?”と気づくことができると、その後も適切な対処行動に繋がっていきます。
平山:自分で気づくことは難しい場合も多いため、企業や組織としても、健康上の課題への気づきの場を作っていくことが大事ですね。特に女性特有の疾患については、気づいた人だけが行動を起こしているケースが多いのではないかと思います。以前マイナビで、産婦人科の先生をお招きして、セミナーを実施したことがあります。女性の体の基礎知識から、特有の疾患などについてまで、男女問わず参加してもらいました。それによって知識が得られたのはもちろんなのですが、お互いの信頼関係、サポート関係にも良い変化が現れたんです。たとえば、営業で外を回っているときに、きちんとトイレ休憩を取るように配慮したり、生理中は油っぽい食べ物を受け付けないという女性もいるので、食事に気を遣ったりと、細かいサポートをするようになったというんです。女性の体へのサポートに正解はないとはいえ、セミナーでみんなで学ぶことによって、お互いに声をかけやすい環境になったのはいいことだなと思いました。
今村:私も、企業の研修やセミナーに呼ばれてお話しする機会がありますが、同じ研修を上司と一緒に受けることによって、今まで話題に出しづらかった女性の特有の健康課題について社内で話題にしやすくなりましたという声はよくいただきます。今、平山さんもおっしゃったように、気遣って声をかけてほしい女性もいれば、何も言われたくないという女性もいて正解はないんです。ですから、“あの研修、受けてきたよ”と一言言うだけでも大分違ってくると思います。最初に、月経に関する症状やPMSによって仕事や生活に影響が出ているようであれば病院を受診してほしいとお伝えしましたが、上司も同じ研修を受けていたら、婦人科を受診するために休みも取りやすくなるでしょう。女性は、たとえば子育て中などであればなおさら、子どもの病院には行くけれども自分の通院は後回しになりがちです。月経痛は痛くても数日で治まるし、子宮の病気は自覚症状があまりないので、検診もきちんと行かず、気づいたら重症化していたなどということも珍しくありません。ひどい月経痛には子宮内膜症という病気が隠れていて、不妊症につながったり子宮を全て摘出しなければならないこともあります。繰り返しになりますが、女性は特に自分のケアは後回しにしないでほしいです。
平山:そういった女性特有の疾患、月経や子宮系の病気に加えて、周産期や更年期などいくつかのフェーズによる要因で、女性はキャリア離脱の可能性が高くなります。経産省が発表した経済損失というのは、それが大きく影響していると思います。不妊治療による頻繁な通院や、妊娠中のマイナートラブル、子育てとの両立困難などで離脱を防げていない現状はまだまだ課題に感じます。さらに更年期障害での離脱もあり得るんですよね。更年期の世代の方はキャリアとしては成熟期にあるのですが、体の不調だけでなく、精神的な不調も出てしまうのが特徴なので、症状の一つで自信がなくなるとか、体が言うことを聞かないからということで離脱していくのは本当にもったいないし、組織としては大きな損失ですね。
今村:私は、日本医療政策機構で実施した調査結果から「女性活躍推進と女性の健康対策は両輪で進めるべき」とずっと提言してきたのですが、今年の6月に発表された「女性版骨太方針2024」の中の女性活躍や男女共同参画の推進に向けた取り組みの1つに「仕事と健康課題の両立支援」が入りました。やはりまずは企業の経営層が、女性活躍を実現するための土台となるのは「女性の健康支援」だということをきちんと理解することが必要だと考えています。そして、女性が活躍することで、そこから企業内に多様性が広がり、企業の競争力の向上にもつながってくるのではないのでしょうか。
平山:経営トップの方々は、女性活躍というとイコール男性化、つまり男性と同じように働くことだと考える傾向が強いと感じます。私自身そうだったのですが、8年ほど前に出産し、育児休暇明けも管理職として復帰したのですが、正直大変なことも多くありました。当時所属していた事業部では私のようなケースはまだ珍しく、「あなたがロールモデルだから」と言われたのはプレッシャーでしたね。仕事も育児も、ミスなく両立させている姿を見せなければと必死でした。健康面を含め、女性としての働きやすさ、生きやすさのようなことも企業としては支援できるといいですね。
今村:経産省の発表したデータにもあるように、更年期症状による社会の経済損失に関しては、欠勤やパフォーマンス低下による損失だけでなく、離職やさらにその欠員を補充するための採用といったコストも損失として加算されています。ですから、まず女性が働きやすい環境を作らないと、欠員を埋めたとしてもまた辞められて……を繰り返し、いつまでたっても問題は解決しませんよね。更年期症状の治療法の1つである、ホルモン補充療法も、今は飲み薬だけでなく、貼り薬や塗り薬もあり、想像されているよりも手軽に対処できますので、何か気になる症状があったら婦人科へ行っていただきたいなと思います。
令和4年6月経済産業省ヘルスケア産業課「健康経営の推進について」
平山:薬と言えば、周囲でもピルを服用している人が増えてきています。そもそも江戸時代と現代を比較すると、女性が一生で経験する月経の数は現在は9倍ぐらいになるそうですね。
今村: そうなんです。妊娠中は月経がないのと、産後の授乳中も月経がないことがほとんどなので、1回の妊娠・出産を経験すると2年ほど月経がない状態が続きます。昔は出産回数が多かったので、5人産めば10年、10人産めば20年にわたり月経がない期間が続きます。一人の女性が出産する回数を考えれば、現代はどれだけ子宮に負担がかかっているかがわかりますよね。ピルも今はだいぶ改良されて、副作用がほとんどないものも多いです。妊娠を希望しない時期にはピルで上手に月経に伴う症状やPMSをコントロールしつつ、妊娠を希望する場合にはピルで将来に向けて子宮への負担を軽減させることもできると産婦人科の先生方もおっしゃいます。
平山:婦人科を受診してピルを処方してもらい、月経をコントロールすれば、仕事への支障も軽減することができますし、家庭でも元気でいられる。知識を得て婦人科を受診したり、ピルを取り入れたりするなど積極的に自分をケアできる人は、仕事でも高いパフォーマンスを発揮できそうな気がします。以前マイナビで調査したところ、女性特有の健康課題でキャリアを諦めたことがあるという回答が少なからずありました。企業のサポートはもちろんですが、女性自身も気づいたり学んだりして、みんなが望むキャリアをしっかり築いていけるようにしたいですね。
(まとめ)
“女性活躍”が叫ばれる時代にあって、活躍するための環境作りにおいて見過ごされがちだった“健康”。重要な人材を失わないために、女性自身も自分のキャリアを望む形で展開していくために、自分の体のケア、健康についてしっかりと向き合って行くことが求められている。
構成・文:定家励子(株式会社imago)
写真:吉永和久